11月の雑記帳
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| 11月30日(火)晴れ
朝晩の冷え込みが堪えると思ったら明日は12月なんですね。午前中は板野郡の議員学習会でした。今日は石井町の山根町議も一緒に学習したいと参加していました。「議会と自治体」11月号の「あきらかになったRDFごみ処理の致命的欠陥」を読み合わをして、吉野町に建設中の新炉の問題点と同じであることを再認識させられました。ごみ処理の大型化は分別・減量に逆行し、莫大な税金を使って財政難に陥ることになってしまいます。やはり、ゴミ問題の解決は、ごみの発生抑制や再利用、再生利用などごみの分別・減量、資源化に取り組むことしかありません。
12月議会へ向けての取組状況を交流、一般質問に何を取り上げるかなど大いに参考になりました。吉野町議会は12月7日に議会運営委員会で日程が決まります。
昼から時間を見つけて「カリン酒」をつくりました。2つのビンにして、一方には蜂蜜、一方には蜂蜜と氷砂糖、どちらが美味しいか6ヵ月後が楽しみです。
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| 11月29日(月)晴れ
気になっていた干柿作りを今晩9時〜11時過ぎまで皮を剥いて軒下に。里の渋柿は実が大きく、種もほとんどありません。毎年私の仕事になっています。夫(哲雄)の母が楽しみにしてしてくれていましたが、もう送る必要もなくなったのですね。淋しい限りです。
午前中は新聞の集金、今日もSさん宅に集金に行って、イラク戦争と日の丸・君が代問題など30分政治談議で花を咲かしました。午後は議会事務局長のお父さんのお葬式に参列したあと、残りの集金に回りました。お逢いした人に「マサ子通信」を対話をしながら手渡していくと結構時間がかかります。「マサ子通信」は昨日更新していますので、一度クリックしてみてください。
夜は、先日共産党に入党したAさんと「あなたと学ぶ日本共産党」のビデオを一緒に見ました。地区からは手塚さんも来て「若いあなたが入党してくれて本当に嬉しい」と、早速メールアドレスの交換をしています。やっぱり若いですね。「ビデオではイラクのことが印象に残った」との感想、戦争で人が殺されるのは嫌だったのでしょう。学習する大切さ、真実を知る大切さを話し合いました。ゆっくりと共産党のことを知っていってほしいを思います。
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| 11月28日(日)晴れ
第31回吉野町社会福祉大会に参列しました。「国歌斉唱」に戸惑いながら、昨年あったのかなあと思いました。日の丸を掲げ君が代を歌う大会などが最近は増えています。歌いませんが起立して対応している私です、そのたびに複雑な気持で皆さんの歌っている横顔を
拝見しています。
今年はダイヤモンド婚該当者が18組、金婚該当者が27組と昨年の6組・19組と比べるとずいぶん多いのに驚きました。友達のご両親もダイヤモンド婚該当、2人元気で参加されて代表して記念品を受けとっていました。結婚60年もの長い期間夫婦そろっていて「ダイヤモンド婚」なんです。私は50年の金婚でもあと18年、気が遠くなります。次の会議参加のため、元高崎市長の江村利夫さんの講演が聞けず残念でした。
急いで徳島市の地区党会議に参加、夕方まで熱心な討論、1年間の
方針を決めました。次の衆議院選挙で春名さんをどうしても国会に送り出すためにも党の力をつけなけれがなりません。最後の部分の議長を務めながら、皆さんの真剣な顔に対していました。夜は「新撰組」を見ながら、落ち目になった時の描き方を興味を持って視聴です。今、高知県の知事選挙で橋本さんが当選と報じられまた。春名さんのHpで選挙戦の様子が伝えられていましたが良かったですね。
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| 11月27日(土)晴れ
我家はインターネットでつないでいるパソコンは1台しかありませんので、いつも夫(哲雄)と使うのを競争しなければなりません。そんな事情で今日も更新にかかるのが遅くなってしまいました。
新聞配達しながら里の父を病院に連れて行ったり、昨日役場でお逢いしたNさんの母さんのお仏壇にお線香をあげに行ったりで午前中が終りました。病院に迎えに行った帰りに一緒に昼食・買い物にお付き合いです。その後15時からは、大阪から帰ったSさんといつもの喫茶店でケーキセットのお茶を楽しんでいたら時間が過ぎてしまいました。今晩は父が我家で夕食をすることになっていたのに時間がたりません。急いで鍋の用意をしましたが手抜きメニューになって申し訳ない思いです。それでも美味しいと言って食べる父に感謝です。ゆっくりして欲しいと思いましたが、やっぱり自分の家が落ち着くのか「もう帰って寝てテレビを見るわ」と帰っていきました。
明日は、町の社会福祉大会と徳島地区党会議に出席予定です。カリン酒とつけたり、柿を剥いて干柿を作ったりする仕事も気になりながら今日も一日が過ぎてしまいました。
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| 11月26日(金)晴れ
昨晩は、自治労連主催の「指定管理者制度」の学習会に参加しましたが、お腹を冷やしたのか下痢になってしまい、帰って即お風呂に入って寝てしまいました。暖房が効いていなかったのが堪えたのでしょうね。
今日は10時に生活保護の相談を受けているお宅に伺って申請書を預かって町に提出、その後11時から来庁された「県民要求実現キャラバン実行委員会」の皆さんと町への要請行動に参加しました。阿波市合併を控えている吉野町は、昨年までの板野労連から中部労連の担当に変わり、15名の参加で町長室がいっぱいになりました。公契約における公正な賃金労働条件確保・消費税・介護保険・年金制度・生活保護・医療保険制度・少子化対策について要望、町から稲井助役・議会事務局長・福祉課長・税務課長補佐が対応しました。年金者組合から提出された、年金「改革」法の実施を中止することを求める請願書は眞鍋議員と2人で紹介議員になって提出しました。
現在一廃施設が建設されている産廃跡地については、2002年に移転保障費が高すぎると共産党関係議員で監査請求して却下されました。その後2人の住民の方が土地代と移転保障費が高すぎると返還を求める裁判を起こしています。きょう、関係者の証人尋問があるとのことで傍聴に参加、鑑定をした会社の社長と発注した組合の所長の証人尋問でした。最初に社長の尋問でしたが、「バンドウリメークが操業をするという前提で移転保障費を鑑定するように組合から指示された」ということが明らかにされました。当時の私の議会での質問に、竹重町長は「産廃設備はスクラップである」と答弁しているんです。その施設の移転保障費に「4億6千万円」の値段をつけた鑑定書を作成した会社の社長の答弁です。当時を思い出して腹が立ってしまいました。時間の都合で所長の尋問が聞けず残念でした。
15時30分からは、吉野・土成・市場・阿波町の議員研修会と懇親会が土成町でありましたので眞鍋議員と会場に直行して開会に間に合いました。「市議会運営の実際について」と題して野村稔氏からの講演のあと、事務局から「阿波市議会先例集」について説明がされました。以前と比べて改善された点もありますが問題点も沢山あります。その1つが「一般質問を原則として各町4人」としていることです。議員の住民の声を届ける最大の機会である一般質問の人数制限をすることはもってのほかです。そんなことをすれば住民から「1年の在任特例は必要ない」と言われても仕方がないのと違いますか? 私は「私の意見を訊いていただく機会はないのか、皆さんの意見を聞くべきでないか」と質問しました。それぞれの議会で意見を言ってくださいとの答弁でしたが、民主的な議会運営が出来るようこれからも要望したいと思います。
今日は忙しい一日でしたが、今晩30才の女性が共産党に入ってくれることになって、嬉しい一日になりました。
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| 11月24日(水)晴れ
眞鍋宅に生協の品物をとりに行った後「マサ子通信」に何を入れるか2週間の活動を振り返りました。HPを読み返したり、新聞を読み直したり大変です。そんなことをしているとすぐ時間が経ってしまいますね。
13時出棺のKさんのお葬式に参列しました。いつもポスターを快く貼らしていただいていますが、参議院選挙時には入院されていました。病弱なご主人を心配して退院されたと「マサ子通信」を持参した時に色々話されていたのを思い出します。さぞ心残りだっただろうと推察しますが、心からご冥福をお祈りいたします。コレで今月4回目の葬儀参列になります。気候の変わり目とはいえ、知っている人が亡くなるのは堪えますね。
夜の会議に参加したあとも「マサ子通信」の原稿づくりにかかって、やっと先ほど完成、今日は12時前に出来上がりほっとしています。今回は両面です。表面は、教育基本法を考えるつどいへのお誘い・入札結果・11月の活動日誌、裏面は市町村合併を考えるシリーズで合併後の議員の在任特例期間について、新聞報道を基に自主解散やリコールで選挙を実施した自治体をまとめました。自主解散した愛媛県四国中央市と山梨県南アルプス市は、28日が投票日だそうです。「マサ子通信」は明日印刷に出して、今回も更新は土曜日の27日を予定しています。
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| 11月23日(火)晴れ
今日は勤労感謝の日です。元気に仕事が出来ることに感謝する日なのでしょうか。いいお天気です。お布団を干し、沢山洗濯をして干しました。いい気持ちです。昼からは、共産党と民青同盟主催の「シンポジウム青年に仕事を」に少し興味があったので参加しました。パネラーには達田県議・藤元民青同盟県委員長・森口県労連書記局長・春名前衆議院議員の4名。政府が音頭をとって各都道府県が今年から「青年の就職相談所」のような「ジョブカフェ」を始めたとのこと、徳島県も駅前に4月に開設しているそうですが知りませんでした。
春名さんは、「青年の雇用問題は個人の問題でなく日本の未来にかかわる社会問題であり、青年が就職できないのは天災でなく人災である。大企業に責任を取らせて青年の雇用を増やすことが今政府のすべきこと」と言っていました。サービス残業をなくしただけで161万人の雇用が生まれ、30人学級の実現で12万人の先生が必要になる。政府に「青年に仕事を」の声を大きくする運動をすれば展望が広がってくると春名さんは締めくくられました。参加者が少なかったのが残念でした。
今朝の赤旗日刊紙に宮城県の取り組みが紹介されています。宮城県では県議会を含む8つの自治体の議会で、国に若年雇用対策の強化を求める意見書が採択されているそうです。民青同盟や県労連など8団体は意見書をつくり、就職難に苦しむ青年が採択を求め行動したんですって。この行動の中で、岩沼市長が青年の雇用を求める署名にも応じたと書かれています。色んな取り組みがされているんですね。
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| 11月22日(月)晴れ
午前中に徳大病院まで父を連れて行きました。退院後初めての外来診察でしたが時間が何時までかかるかわからないので、帰りは里の敏子さん(弟の連れあい)に迎えを頼みました。帰ってきて庭に植えているカリンの実を収穫しました。昨年初めてカリン酒を作りましたが、今年も作りたいと思っています。
昼からは、板野郡議員研修会に参加しました。板野町に11月1日にオープンした「徳島県立総合教育センター」が会場でした。 「インターネットと世界・日本・徳島」の演題で立石聡明さんと「これでいいのか日本の政治」の演題で橋本五郎さんの講演でした。読売新聞編集委員の橋本さんの話は興味深かったです。4年前に胃がんに罹った橋本さんは、その後思ったことを言うようになったと力を込めて話をしていました。最後に「小泉内閣の一番の問題点は心がないこと、世の中には採算が取れなくてもやらなければならない事がある。それをやるのが政治である。政治家は気概を持って、命をかけなければならない」と結ばれました。また、「小泉に対して誰も責任を取れという人がいない。命をかけて質す人がいない」とも言っていたのが印象に残りました。
私も政治家の末端に席を置いている一人としてどうなのか問い返していました。12年前に議員になる時にそれまでの勤めをやめて、私なりに命をかけて議員活動をやってきたと自負していますが・・。他人の顔色を見ないで思ったことを言うことは大変なこと、橋本さんの話には共感するところが多くありました。来年4月に合併する吉野町と土成町は、コレが最後の板野郡議員研修会になるんですね。それにしても議員が8人(17人中)しか参加していないのは残念でした。
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| 11月21日(日)雨のち曇りのち晴れ
地元の谷婦人会の皆さんと「秋の紅葉と温泉ツアー」と銘打って美馬郡穴吹町の「ブルーヴィラあなぶき」で一日を楽しんできました。一人3,000円でマイクロバスの迎え・温泉入湯・そして会席料理がつきます。土成町の「御所の里」は一人3,500円でしたが、「ブルーヴィラあなぶき」はそれより500円やすいのです。そして、温泉の周囲に1時間あまりのハイキングコースもありました。安い参加費でゆっくりと一日を楽しめました。その上、利用者グループのうち1グループが来年1月1日抽選で新年会に招待されるという夢までついているんですよ。
以前はマイクロバスを借り切って行っていましたが、バス代だけで1人5,000円、名所をあちこち回ることが出来ますが、参加費が高くて考えてしまいます。一緒に行ったTさんが婦人会に復帰されることになってよかったです。近所の皆さんがこのような形で懇親できることはいいことだと思います。ついでに忘年会の日程も決めて、次の楽しみを作って再会を約束しました。
今日も合併が話題になり、住所名に「吉野町」がなくなることに疑問の声が沢山出ていました。「吉野川市で町名が残るのにどうして阿波市ではなくなるのか」との意見、だれがどこで決めたのかが関心あるようですが、「合併協議会で決めた」としか答えられませんでした。また、新市になったあとのビンやカンの収集方法がどうなるのか早く住民に知らせて欲しいとの要望も出されていました。収集ステーションがどうなるのか私も大いに関心を持っています。
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| 11月20日(土)晴れ
今日も「弟よ」のテレビドラマをみました。石原裕次郎の自伝を5日連続で放映していて、明日が最終回です。兄である石原慎太郎都知事の庶民いじめの行政については大いに疑義がありますが、ドラマの中ではすばらしい兄貴です。ドラマが好きな私は結局明日もみてしまうと思いますが、皆さんは見ていませんか。今日新聞の配達・集金に行ったUさんも毎晩楽しみに見ていると言ってました。
今日は土曜日、日曜版の配達と集金に行こうと思ったところに父から電話があり、今日も昨日と違う病院へお付き合いでした。そんな訳で新聞の配達・集金が終ったら15時でした。父も娘の私が一番頼みやすいのでしょう。昼食も一緒に食べに行って、帰りに服を買ってもらいました。
夜は月一回の懇親会に参加、今日はかに鍋でした。色んな話が出ましたが、阿波市になったら住所から「吉野町」がなくなるのは淋しいとの声に、皆さんうなずいていたのが印象的でした。土成町では「土成町をなくさないで」との運動があるそうですが、あわ北合併の協議項目を住民の意見を聞かないで進めた弊害が出ているように思います。色んな住民生活にかかわる事が「こうなりました」との結果しか住民に知らされないやり方は、誰のための合併なのかとの思いが大きくなるのではないかと危惧されてなりません。
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11月19日(金)雨のち曇り
今朝もまだ雨が降っていました。欠礼葉書を郵便局に出したあと役場に行き、昨日の入札結果を水道課でもらってから建設課に寄りました。15日入札結果はまだ公表されていませんでしたが、2日・10月28日入札分の結果をもらってきました。3回分の入札結果を掲示板に書き込みましたので、関心のある方はご覧下さい。建設課長に23号台風で道路が冠水された箇所を教えてもらって、今後の対策などについて意見交換しました。今後も大雨が降ることも考えられますので、町内全域を考えた抜本的な対策が肝要です。合併前ですが、23号台風の教訓をまとめる必要を痛感しました。
昼からは日曜版の請求書の整理をしてから仏壇に供える花を買って里に寄りました。父は13日に退院してきていますが、まだ本調子でないようです。近所の病院に注射に行くのに付き合いました。帰りに来年の干支である酉(とり)の色紙を書き始めたと見せてくれましたので、気に入ったのを2枚もらって帰りました。色紙を書く元気が出てきた父に一安心ですが、あらためて年末が近づいていることに気づかされました。
今日も私のHPを開いてくれている2人を見つけました。「入札結果はありがたい。一箇所誤字がありますよ。雑記帳はいつも見ています。家族のこともよくわかります」と声をかけてくれたんです。嬉しいですね。
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11月18日(木)曇りのち雨
9時過ぎに降り出した雨は、まだ降り続いています。急に寒さが襲って来たような天候、急いでコタツを出しました。
午前中は、来年4月に合併して阿波市になるのを前に、阿波市での共産党議員の3人(市場町の池光議員・吉野町の眞鍋議員と私)が集まって今後の活動について話し合いました。1年の特例期間は68人の大所帯議会になりますが、議会運営検討協議会で検討されている「先例集」についても問題点を出し合い、改善を求めることになりました。今後も、課題が出たらすぐに集まって検討することにしました。
昨日問題になっていた入札は、うわさされていた業者以外が落札したようです。入札結果が公表され次第掲示板でお知らせしたいと思います。
お母さんがなくなったため、今年は年賀状でなく欠礼葉書です。葉書の印刷が出来ていましたので宛名書きを毛筆で書き始め、早急に仕上げて投函しなければと頑張り完了です。1年間の有川家のまとめのような年賀状を待っている方には残念がられると思いますが・・。
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| 11月17日(水)晴れ
4泊5日の子どもめぐりツアーから帰ってきました。金沢経由の長野県駒ヶ根市で1500キロ走行の旅、運転手の夫(哲雄)はさぞ疲れたことと思います。結局今回も私はハンドルを握らずじまいでした。1日目は福井市で一泊、足羽山公園と橘曙覧記念文学館。2日目は永平寺と藤野厳九郎記念館に寄ってから金沢市へ。息子のマンションによって1泊。3日目は雨の中長野県駒ヶ根市へ、途中事故車のため山の中で2時間立ち往生して娘(奈津)宅着は午後4時。4日目は鹿嶺高原・高遠・横川渓谷に4人で。5日目は一路徳島。長野の紅葉も終盤でしたが満喫してきました。
永平寺は2回目ですが、参道の紅葉と修行僧が印象的でした。富山県から山越えで松本に行く途中の飛騨の山々の紅葉をじっくりと満喫。信州の紅葉はどうしてこんなに鮮やかなのか、今日も長い恵那山トンネルを超えて岐阜県になったとたんに山色の違いを実感させられました。娘(奈津)の家は南向きで、西に中央アルプス、東が南アルプスです。16日の朝冷え込んだと思ったら、山の頂が雪の白に映えています。
娘(奈津)の家の庭から撮った写真に雪をかぶった山が見えるでしょう。娘(奈津)夫婦は、仮住まいの仮住まいである古家に住んでいました。12月はじめには自分達で建てている作業場が完成予定、その一角を仮住まいにして今住んでいる古家を壊して2年がかりで住居を建てる予定です。不自由な生活を楽しみながら頑張る娘達に若いっていいなと思わずにはいられませんでした。
昨日、急遽議会運営委員会が開かれたそうです。15日入札実施分と明日(18日)入札が予定されている分に関して疑問点が出てきたためだそうです。関係者に尋ねてみましたが、明日の入札結果がどうなるか注目されているようです。公共工事の入札に関しては、常に談合がなされているのではないかと言われています。先日も徳島市で問題になっていましたが・・・。疑惑が取りざたされないように、入札執行の責任者である町長に、厳正に執行されるよう強く要望したいと思います。
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| 11月12日(金)曇り時々雨のち晴れ
11月半ばというのに暖かい日が続いています。いつもは土曜日の配達ですが明日から子ども達のいる金沢と長野に行きますので、午前中に日曜版の配達をしました。「一日早いのですが、息子の所に明日行くので今日配達させてもらっています」と、お会いでした人には声をかけながら午前中に配達を済ませました。
Oさんのお葬式は午後2時からです。夫(哲雄)も会社から早退してきて一緒に出かけました。扶川県議・眞鍋議員・Mさんも参加、私とMさんは火葬場へも参加してOさんとお別れをしました。
Oさんと一緒に行動したことが色々と頭をよぎりました。「第十堰の可動化に反対する吉野の会」の事務局長と事務局次長として東京の環境省へ一緒に陳情にも行きましたね。第十堰の見学や潮干狩りに一緒に行った孫さんも大きくなって、お葬式に参列していました。Oさんゆっくりオヤスミください。心からご冥福をお祈りします。1週間に2回も同じ火葬場に来たことになりますが、季節の変わり目か最近は亡くなる方が多いですね。
それでは、少し遅いかもわかりませんが金沢と長野の紅葉を楽しんできます。「マサ子通信」は明日更新できている予定です。ご覧下さい。
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| 11月11日(木)雨のち曇り
7時前に眞鍋議員より支部のOさんが亡くなったとの電話がありビックリしました。昨夜の会議でもOさんの話がでたばっかりでしたが、そんなに悪いとは誰も思っていませんでした。早速眞鍋議員とOさん宅に駆けつけました。安らかな眠っているようなOさん、今までの酸素をつけなくてホットしているようでした。ここ3年余り、病院の入退院を繰り返していたのですが・・。関係者に連絡を取って皆でお通夜に駆けつけました。
朝から降り出した雨は11時ごろから大降り、徳島市への道路ではいたるところで冠水していてUターンしながらUさんとの待ち合わせの場所にたどり着きました。久しぶりにUさんと昼食をしながら8カ月ぶりの再会を謳歌、逢うたびに色んなことに挑戦し自分を楽しませている姿に元気をもらっています。それから父のお見舞いと麻植協同病院に入院している叔父のお見舞いに行きました。父は13日に退院が決まって本当に良かったと思います。人の病気や死について色々考えさせられた一日、なんだか疲れてしまいました。
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11月10日(水)晴れのち雨
10時過ぎに徳島生協の配送がありますが、時間があるので役場に寄って調査したり議会事務局で話し込んでいるうちに時間を忘れてしまいました。気がついて飛んで行きましたがあとの祭り、また真鍋さんにお世話になってしまいました。
昼過ぎから「マサ子通信」の原稿作り、今回は何を書こうかと2週間の出来事を振り返っているうちに時間が経ってしまいます。でも、この作業が自分の活動をまとめる時間になっています。夜の会議から帰って机に向かい、先ほど出来上がりました。今回も片面、1日の中越地震地への救済の申入れと先日開催された第7回あわ北合併協議会、森田議員の辞職などの報告です。明日印刷に出します。
新潟県中越地震全国救援センターがHPを開設しています。私のリンク先の一番上にある「新潟中越地震の災害復興支援・ボランティア」をクリックしたらリンクできます。一度訪問してみてください。「センター日誌」で一日の活動状況、「ボランティアの感想」もあります。皆さんの頑張っている様子が感動を持って伝わってきました。
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| 11月9日(火)晴れ
午前中は板野郡の地区委員の会議、夜は鳴門市と板野郡の支部長会議で全国都道府県委員長会議の
報告と各町の活動の交流をしました。23号台風被害の支援と援助、中越地震支援募金の取り組み状況も具体的に出されました。支部の抱える問題点・苦労されていること・いいことも出されて良かったと思います。
入院している父の今日は83歳の誕生日です。いつもであれば、子・孫で誕生会をしているのですが、今年は退院するのを待って、退院祝いと一緒に出来ればと考えています。夕方、果物と「かつおのたたき」を持ってお祝いに出かけました。同室の人に「今日父の誕生日なんです」と言ったら「病院からもプレゼントありましたよ」と隣のベッドの人が言いました。病院から配膳の時に誕生祝のカード(折鶴が一羽カードに着いています)をもらったと見せてくれました。ちょっとした心遣いに私も嬉しくなりました。父は私が行くと「売店でアレを買ってきて」と待っています。本当に子どもみたいですが、急いで買ってくると喜んでくれますので、出来るだけお見舞いにいきたいと思います。
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| 11月8日(月)晴れ
昨日は疲れきって寝てしまいました。午前中に、徳島でみれない映画を見る会の「息子のまなざし」を見て、見に来ていたFさんと一緒に「ニュー白馬」でお好み焼きを食べて友好を暖めました。昼からは県委員会でした。
今日は以前に交通事故でなくなっていたYさんの奥さんのお葬式、同じ班の私たちは、9時30分に葬祭場に集合して夕方「六日」終了までお手伝いです。私は、前回と同じ受付で名簿書きと火葬場での接待でした。何回してもお葬式の手伝いは気が疲れてしまいます。
Yさんの奥さんの突然の死、娘さんたちの嘆きもさぞ大きかったことと思います。「マサ子通信」を持参した折に声をかけますと、いつも「ご苦労さん、頑張ってくださいね。応援していますよ」と労いの言葉をかけていただきました。また一人、私の議員活動を応援してくれていた人が少なくなりました。Yさんのご冥福を心よりお祈りいたします。
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| 11月6日(土)晴れ
10時から全県議員会議が徳島市のふれあい健康館でありました。今回は先日の23号台風被害支援制度についての学習と被害状況の交流でした。共産党県議団は1日、「床上浸水世帯等への支援強化を求める緊急要望」を県に申し入れています。政府は10月28日付けで「浸水等による住宅被害の認定について」という通達を全国にだし、床上浸水も支援対象にすることが明らかになっています。
それを受けて、要望事項は@内閣府の通達の趣旨を市町村に速やかに徹底し、この通達の趣旨で市町村が床上浸水等は行えるよう助言すること。A床上浸水等の被災者の立場に立ち、県の「住宅再建支援制度」の活用を積極的に図るとともに十分な予算を確保すること。の2点です。床上浸水は国や県の支援制度の対象である「全壊」「半壊」に当たらないと認識している市町村が多く、床上浸水住宅の被害認定が行われていない。こうした認識を改善するよう政府通達を市町村に徹底することを強く求めました。
23号台風による全県の床上浸水世帯数は1,913、床下浸水世帯は3,188だったそうです。しかし、市町村で被害認定をしていないと国・県の支援制度を受けられないので、床上浸水世帯に被害認定させる運動が大切であると県議団から報告がありました。
昼食をふれあい健康館1階にある「かたり場」で500円の日替わり定食を食べました。安くて美味しいと塀本市議に教えてもらってご一緒しました。従業員はすべてボランティアだそうで、そのために安くて美味しい食事を提供できるようです。
昼からは地区委員会総会、2日開会の全国都道府県委員長会議の志位委員長の報告などについて論議しました。
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| 11月5日(金)晴れ
役場に行って、先日3日の文化祭での健康チェックに何人ぐらい参加者があったのか担当者に訊いてみると、「100人ちょっとで、昨年より40人ぐらい減っている」とのことでした。昨年は雨だったので多かったのでしょうか。でも、一昨年の初めて実施した年は250人あまり参加者があったそうです。「知らない人が多いのではないか」との私の質問に、「マンネリになってきたのかな。専門の医師が検査に当たっている川島町は大勢の参加者があるそうなので、うちも医師を確保したいが金が問題。」といっていました。文化祭全体の参加者が毎年少なくなっていますが、来年は「阿波市」での開催になるのでどんな文化祭になるのかわかりませんが、住民が多数参加できるものにしたいですね。
丁度役場に用事に来ていたOさんと久しぶりにお逢いし、話に花を咲かせました。Oさん、「共産党はいいこといっているが、金儲けの話にはならん。世の中結局金儲けになるかどうかで人は動く」と力説、「金だけでないのとちがうん」と答えた私、少し淋しくなってしまいました。
昼から父のお見舞いに行ったら病室が変わっていました。元気になった父は、「来週中には退院できるかもわからんと先生が言ってくれた」と喜んでいました。いつものように果物を皮を剥いて小さく切って持って行きました。明日は午前中が全県議員会議で、昼からが徳島地区委員会総会で配る時間がないので、一日早く今日日曜版の配達を済ませました。大きくなったレタスの苗を、ため息をつきながら植える準備をしている人に逢いました。「今年はあかんわ。でも植えとかんと話にならん」と言っていましたが、声のかけようがありませんでした。
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| 11月4日(木)晴れ
久しぶりに昼からご近所を「マサ子通信」を配って歩きました。「お元気ですね。忙しいでしょうが頑張って下さい」などの労いの言葉をいただきながら、やっぱり住民との対話が一番元気をいただけると痛感しました。
少し臨時収入があったので、金沢の息子と長野の娘(奈津)のところに行きたいと思って電話しました。「早く来ないと紅葉に間に合わないよ」と娘。「日曜日空いている?」と訊いた息子(毅志)は「空いてるよ」とのこと。来なくていいといわれると思っていた息子(毅志)から意外なメールにちょっと驚きでした。夫(哲雄)と相談して行きたい、行きたい・・・。今日は私にとって忘れられない日になりそうです。
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| 11月3日(水)晴れ
昨年は大雨だった吉野町文化祭、今日は秋晴れのお天気に恵まれ大勢の参加者でした。町民センター前のオープニングセレモニーは、中学生の獅子舞・お母さん方のリボンを使ってのリズム体操・中学吹奏楽部の演奏、そして最後のクス球も見事割れました。昨年は雨のため室内での演技になりましたが、やっぱり青空の下が気持ちいいですね。カメラのシャッターも沢山、私も前のほうでとりました。 メイン会場の町民センターを入ると入り口で婦人会が新潟地震の義援金募金に取り組んでいました。熱心な訴えに足を止めて協力する人も多数いました。生け花・写真・絵・書道・短歌・原爆写真展などの展示、場外では商工会などによるくじ引きもありました。
健康センターひまわりでは税務保険課が健康チェックを実施しています。課長の声かけがありましたので覗いてみました。身長・体重測定からはじまり、尿検査・脳老化度チェック・体脂肪チェック・骨密度チェック・血管老化度チェックと盛り沢山のメニューが用意されていました。覗くだけと思っていたのですがこの際と思ってチェックしてもらうことにしました。3年前から実施しているようですが、脳や血管の老化度チェックは初めてで、一応年齢にふさわしい値が出てほっとしました。
その後、夫(哲雄)と叔父のお見舞いに行ったあと、石井健生病院のお祭りに立ち寄りました。つきたてのお餅・おでん・ぜんざい・豚汁・うどんでお腹を起こした後バザー会場にも寄りました。本当に安い物が多く、私も2点購入してしまいました。それから徳島まで直行して徳大病院へ父のお見舞いです。今回は「徳島短歌の月刊誌が来ていると思うので持ってきて、めがねも頼む」とのこと、本を読む気力も出てきたようで良かったです。部屋に入れていた月下美人の鉢に一輪の花が咲き誇って、部屋中に香りを放っています。今年最後の一輪かしら?
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| 11月2日(火)晴れ
板野郡議員団の学習会に参加すると、T先生のお母さんがなくなって11時に出棺とのこと。是非参加したいと時間を見たら帰宅して用意して葬祭場に駆けつけるのにぎりぎりの時間でした。途中で諦めかけましたが親族ご挨拶をしている場面に間に合いました。出棺の時に先生に挨拶が出来てほっとしました。T先生ご夫婦には若いときに色々お世話になりましたので、お見送りが出来て本当に良かったと思います。
夜は夫(哲雄)と一緒に憲法講演会に参加しました。まず、麻生多門さんの「憲法9条をあらためて考える」の話、新しい切り口で新鮮でした。「はじめに兵器があってそれを使うために戦争を起こしている」とのアピールにはっとしましたが、ちょっと早口で話についていくのがやっとでした。
4月にイラクの人質になった安田純平さんのイラク拘束の3日間の話、イラクの現状・イラクの人々の姿を生々しく報告してくれました。香田さんが殺されたばかりの安田さんの話には、端々に無念さと政府に対する憤りが伝わってきました。「4月の時と比べて今回はどうしてこんなに静かなんだろう。いいことをしている人が人質になったら擁護して、そうでなかったら擁護しないのは、人権侵害ではないか。また、日本人の人質問題を考える時、現地ではイラク人が沢山殺されて、そのうえで人質事件が起こっているんだということを忘れてはいけない。いかに武装するかでなく、いかに笑わすかを考えることが大事」などの話が印象的でした。私もHPに幸田さんのことを何ら書いていないことに気がつきました。擁護しない側ではないのですが、きちっと発言していないことは擁護していることにならないと言われたように思いました。参加者は主催者の予想を超えた250人だったそうです。
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| 11月1日(月)晴れ
日本共産党吉野町委員会と2名の町議会議員で「新潟県中越地震被災地(者)への救済に関する申し入れ書」を竹重町長に提出のため9時に役場に行きました。申し入れ項目は、@食料品や衣類・寝具類などの救援物資、救援金など物的・経済的援助をすること A本町において地震による被害が発生する危険性が高い。行政としての万全の対策、町民への啓蒙を町の広報誌などを通じて速やかに実施すること B国に対し、被災者の救援等について万全の対策を求めること。徳島県にも可能な限りの救援を実施するよう要請すること の3点についてです。竹重町長が自宅療養中でいなかったため、稲井助役と宮本総務課長に申入れました。
@については、3日の文化祭の各会場に救援募金箱を設置して町民に呼びかけることになり、Aについては、2月に「地震防災ハンドブック」を全戸に配布しているが、近日中に発行予定の「広報よしの」にその一部を再録する計画になっているそうです。「自主防災組織」を地元で作ることが大切であるとの意見で一致、県下で「自主防災組織」が全くない数少ない自治体に吉野町が入っているそうです。
昼食をとっていると叔父(母の弟)が首の血管が詰まって、昨夜麻植協同病院へ入院したとの連絡が入りました。18日には父のお見舞いに徳大病院まで来てくれたのに、ビックリして病院へ駆けつけました。意識もはっきりしていて話も出来ましたので一安心、でも左半身が動かないようでした。一日も早い回復を願って帰ってきました。
リンク先に「新潟中越地震の災害復興支援・ボランティア」と、「長野県松川村井川のぶこ村議」のHPを追加しました。一度クリックしてみて下さい。
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