2:日本型の政策案
環境政策としてのデ・カップリング

 あえて「デ・カップリング」という外来語を使う理由は、違和感を残したいからです。この政策がヨーロッパの「近代化見直し」思想の一環であることを意識したいからです。日本の従来の政策の連続ではならないものが如実に表れているからです。
  環境デ・カップリングとは、(自然)環境を口実にした農業への直接支払のことです。農業を守るために(自然)環境を利用するのかも知れないし、自然環境を守るために農業を守るのかも知れません。あるいは、この二つが切り離せないから、どちらも守る政策になるのかも知れません。
 デ・カップリングとは、カップリング(つながること)をしないという意味です。戦後の農政は、日本でも欧米でも、カップリング政策でした。つまり、生産を上げることによって、あるいは農産物価格を上げることによって、農家の所得が上がり、幸せになるという図式でした。つまり生産・価格と所をが、カップリングさせていたのです。ところが、生産調整をしないといけないぐらい農産物が余ってきました(日本では米・みかんなど)また価格補助金もWTO体制で減額させられることとなりました。このままカップリングを続けていては、所得も連動して下がることになります。そこでカップリングを止めて、デ・カップリングにするわけです。ようするに生産が下がっても、価格が下がっても、所得が下がらないようにすれば、農業は維持できると考える政策なのです。つまり、税金を所得に直接つぎ込むのです。日本語では「直接所得補償」「直接支払」と訳されているのには、そういう背景があります。
ドイツでは、専業農家はほとんど家族経営ですがが、その平均面積は50haで、年間所得は400万円です。(そんなに安いのか、と不審に思う日本人は欲ボケしています)さらにそのうち自分で稼いだ所得は190万円で、残り210万円はデ・カップリングなのです。


非経済価値をどのように守っていくか

  農業が生み出している自然環境は市場で価値をつけることはできません。国民はその対価を払いたくても払う機会がないのです。したがって、いつのまにか農業が生み出している自然環境は無償・タダで提供されるのが当たり前になってしまいました。
たとえば日本で生まれている赤とんぼは多めに見積もると約二百億匹ですが、そのうちの99%は田んぼで生まれています。一匹5円と見積もるとおおよそ一千億円分が田んぼで生産されているのですが、赤とんぼの群れ飛ぶ風景は一銭にもならないのです。
これまではそれで何の不都合もなかったのですが、農業に経済効率を求めるようになると、赤とんぼも影響を受けてきて減少してきました。そこで、これ以上農業が経済的な効率を追究しなくていいように、生物多様性や多面的機能を守れるように、「環境支払い」という政策を提案したいのです。
  それは特別な環境保全技術だけに支払うのではなく、もともと誰もが行っていた仕事やくらしに対して、自然環境を守っているという観点からの住民の「負担金」です。この支援金は赤とんぼの対価として、赤とんぼに支払うやり方と、赤とんぼを育てることになる田んぼの農家仕事に対して支払う方法がありますが、いずれにしても赤とんぼは受け取ることができませんから、農家が受け取ることになります。
ようするにこういう政策を広げないと、身近な自然環境は守れませんし、何よりも農業自体が市場経済の中で、生産性を求められすぎて、荒れていくからです。私たち農ネットは、地域のさまざまな農業の危機と、それと連動している自然環境の危機を、「環境支払い」で救出する方法を考えてきました。ここではその中から、とくに緊急を要するもの、多くの共感を得ているもの、実現しやすいものを52項目に的を絞って紹介します(もともとは環境支払いの提言メニューは183項目あります)。
 言うまでもなく、この「環境支払い」は国が行ってもよく、地方自治体が行ってもよく、あるいは集落や集団で行ってもいいものですが、第2部では、地方自治体が中心になって立案し、国とともに実施していくものとして、私たち農ネットがまとめた政策メニューを提案します。第3部では、すでに実施している地方の事例を紹介します


すでに地方や国で始まっている環境支払いの例

1)地方自治体の先駆的な環境支払い

1980年代から千葉県市川市では水田10aあたり5万円が支払われています。これは水田が失われると洪水が頻発するからです。熊本市では市税より、上流の休耕田の水張りへの助成が10aあたり2万円支払われています。これは地下水の水源を守るためです。
福岡県では2005年より田んぼの生きもの調査を実施して「生きもの目録」を公開すると10aあたり5,000円の環境支払いを行ったことはくわしく語りました。またコウノトリの野生放鳥と繁殖に成功した兵庫県豊岡市では、放鳥に先駆けて餌場である田んぼの有機・減農薬栽培への環境支払いを実施してきたことも注目されていいでしょう。
このほかにも各地で、彼岸花の植栽や畦の石積み補修、水車の保全やビオトープへの支援など、環境支払いと言ってもいいほどの地方自治体の農的な環境への支援は様々に実施されてきています。ただ、それを「環境支払い」という理論で武装することがなかっただけの話です。
近年の有名な事例として、四つを取り上げてみましょう。

 (1)滋賀県の環境支払い
滋賀県では2004年より水田の環境技術を4つ以上実施していることを条件にして、10aあたり5,000円の環境支払いを1億円(その後2億円)の財源を県で確保して行いました。国に先駆けたこの政策の衝撃は大きく、本格的な環境支払いの先駆的な地方発の政策として、歴史に残るでしょう。環境技術とは、代掻き水を流さない、減農薬栽培、畦は除草剤を撒布せずに刈り取りを行う、などです。

(2)福岡県の環境支払い
福岡県では2005年より3年間、田んぼの生きもの調査を行った農家に、5,000円/10aの環境支払いと調査費が支払われました。そのためには、減農薬であること、100種の生きものの調査講習を受けて実施し報告することなどが条件とされました。この結果、県内の生きものの実態が明らかになり、望ましい田んぼの生物多様性の指標が策定されました。

 (3)佐渡市の環境支払い
佐渡市ではトキの放鳥が成功に向けて歩み出しているが、農家の環境技術への関心も広まり、深まっています。佐渡の直払い額は(10a当たり)・5割減減栽培以上基本額900円 ・中山間地加算1,000円 ・認証制度加算 1)冬期湛水1,000円 2)江設置2,000円 3)魚道設置4,000円 4)2項目以上2,000円 5)生きもの調査4,000円/経営体。

 (4)横浜市の環境支払い
横浜市では長年市街化区域の農業を「都市農業」として積極的に位置づけして支えてきましたが、2009年より住民税を「みどり税」として900円増額し、それを財源として、市内の水田に10aあたり3万円の環境支払いを行っていまする。これは市内の水田を森や公園以上の緑地として市民全体で守っていくことを体現した画期的な農業政策です。


2)農林水産省の環境支払い
  農林水産省も滋賀県や福岡県の実施に刺激を受けて、2007年より「農地水環境保全向上対策」で環境支払いを始めました。しかし、どうしてか国は「環境支払い」という言葉を意図的に使っていません。
  たとえばこの農地水環境保全向上対策には「生きもの調査」もメニューに加えられていますが、やってもやらなくてもいいものにとどまっています。また2011年よりこの対策は、二階建て部分を切り離し、独立した「環境保全型農業直接支援対策」と「農地水保全支払い」に改良されましたが、まだ特殊な「冬季湛水田」などに限定されており、多様な環境支払いのメニューから、地域やそれそれの田畑にあったもの、自分の営農や価値観にあったものを選んで申請するというものから遠く隔たっています。

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